共に醸造酒だが、原料の米(穀物)と葡萄(果実)の違いが、酒質だけでなく文化の違いにも現れている。つまり、 日本酒の場合、原料の米が穀物故に、保存と輸送は時間的にも距離的にも比較的容易で、生産において、その原料産地に縛られることは少ない。
しかし、ワインの場合は、原料の葡萄は、新鮮で健全で充分成熟した葡萄果を迅速に摘み取り、可能なかぎり迅速に破砕し、その果汁を旺盛な発酵に遅滞無く導かなければならない。時間的にも距離的にも、大きく原料産地に縛られる。
日本酒は、原料の酒米の種類は、山田錦が殆どで、 「一麹、二酛、三造り」と言われ、酒質を左右する要素は人為的な部分が大きい。
かっては、東北の酒は「寒仕込み」等と呼ばれ、自然条件が大きく酒質に関わる部分があった。が、今日では空調設備は容易だから、何処でも「毎日が寒仕込み」と言える。 つまり、日本酒は「工業製品」と言ってもいい。
それに比べ、ワインは原料の品種の多彩さに加え、人為では如何ともし難い栽培地の気象、地質、地形などの自然条件が大きく酒質や品質に関わり、人為の部分の醸造技術も、地域によって引き継がれた伝統の違いが大きい。言ってみれば、ワインは地域性を色濃く持つ「農業製品」。
日本酒の発酵には、発酵前に澱粉を分解する<糖化の工程>が必要だが、ワインの製造工程は単純で、葡萄を潰しさえすれば、自然に発酵する(名醸ワインは、自然に付着した野生酵母による自然発酵)。
と言うことは、良い収穫は、良いワインの誕生を約束している、葡萄を潰して仕込み樽へ受けるだけで、生まれてくるワインの前祝が出来、酒造り(仕込み)そのものが陽気な祭りになる。それに引き換え、日本酒は、かっては、仕込みそのものがリスクの多い仕事であったから、酒造りは敬虔な祈りから始まる。祭りは新酒誕生の後である。
ワインの特徴は多様性にあるが、食文化の違いによって、その捉え方は、大きく異なる。
ワイン以外のアルコール飲料との違いと共に、ワインと言う「アルコール飲料」の特徴を、、余すところ無く教えてくれる異色なワイン・ブックが、
「比較ワイン文化考」-麻井 宇介著 (中公新書)であろう。
「比較ワイン文化考」 中公新書
西欧の食文化に根ざしたワインは、日本人のイメージにある「酒」とは異質なものである。ワインはワインであって、「酒」ではない。
この認識は日本の風土からは生まれてこない。ワインを舌で味わうだけでなく、「頭」で捉えるべき「真髄」と「豊かさ」を語っていて、長年に渡る醸造現場での経験と豊かな教養がワインを飲む本当の愉しさを教えてくれる。ワイン愛好家必読の書と言っていいであろう。
著者:
麻井 宇介 (あさい うすけ)
1930年東京生まれ、東京工業大学卒。メルシャン(株)のワイナリーや工場長を勤める。現在、酒造技術コンサルタント。
著書:「日本のワイン・誕生と揺籃時代」-日本経済評論社、「ワインづくりの四季」-東京書房、「論集・酒と飲酒の文化」-平凡社、「ワインづくりの思想」-中公新書、外多数。